2006年5月 2日 (火)

12月31日 (水)

2003年は1時間をきった。
行く年来る年、カウントダウンが始まり時の流れをこのときばかりは世界中の人が感じる一瞬。
パイの皮がぽろぽろはがれるような軽さで、思うことをふわっと飛ばしてみよう。
軽々と域を超えてストンと誰かの心に落ちるかもしれない。両の手に余るほどの気持ちがあふれ、その中には幸せな気分がほんの少しあればいい。

それで明日をがんばれると思うから。

窓越しに初詣に行くのか人の声がして車の音が遠く夜の空に反響している。
近くの神社に行ってみようかどうしようか、迷うところ。寒いしなあ。
信仰心はそれほど厚くないし。それでも歴史を感じさせる鳥居や社殿には強く惹かれる。
地蔵の顔の表情に見とれることもある。静寂、静逸、安穏・・・。
そんな言葉にも惹かれる。忙しすぎた2003年だったからかな。
確かにオーバーワークだった。
今年は多くの人との出会いがあった。その出会いから会員が増えていき仕事が発生し、会員同士の信頼関係を深めることもできた。

でもでもでも、正直なところ本当に後付だった。仕事を受注したから整えていき、こぼれないように、こぼれたものも拾いながら、彩SITAは突っ走った。
落ち着こう。
来年はもう少し、私もだけども落ち着いて、複眼で物事をみつめていきたい。

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12月30日 (火)

昨日、仕事納め。寒い日だったが買い物もままならない日が続いたために29日夕方よりやっと、お歳暮?お年賀? を買いにデパートへ。

生まれ故郷は岡山県の瀬戸内海に面した温暖な気候の町。中学までいたのですが、幼馴染から毎年届く新米はほのかに潮の香りも漂うような気がします。
広島に住む友人はみかん、長野に住む友人からは信州りんご、山梨に住む友人からは毎年、使いやすい手帳を送ってくれます。去年も暮れに押し迫って心ばかりのものを送ったのですが、今年はもっと遅くなってしまった。
そして恒例の年賀状を作り、今日は久々に夕方ま自宅にいました。本当はもっと早い時間に銀行へ行こうと思っていたのですが、おそらくとんでもなく長蛇の列だろうと予想して、時間をずらしたのです。
買い物もままならないと最初に書きましたが、この状況は来年も続く可能性が高い。
彩SITAの会員は35名!最初はたったの8名でNPO法人を目指したのですからそれを思うと本当にここまでよくこられたなあ、というのが正直な感想です。
来年はWGも増えて、活動は現在の再就職支援のパソコンセミナーの講師と、彩SITA講習会、HP作成の仕事や一番強いネットワークの仕事などが中心になるのでしょうか。明日は大晦日。さあ、心も大掃除しよう!

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12月24日 (水)

彩SITAの仕事の柱とも言うべき再就職支援のパソコンセミナー説明会に参加するために、今日は新船橋まで行ってきました。ぽかぽかのうららかなインディアンサマーのイブです。
イブ!なんでこんな時間までケーキも食べないで!アホナ!
仕方がありません。学生ではないのだから。明日25日には家族とクリスマスケーキを食べましょう。
新船橋には2時までしかいられなかったのですが、そのあとを引き継いでくださったOさんにお任せして事務局で打合わせの約束が1本。『わらび学びあいカレッジ』という市民団体のIT担当の方です。
協働で何ができるのかまだはっきりと形にならなかったのですが、この方は女性で、質の高い講師集団を作りたいと願っていらっしゃるようでした。関係団体にはシニアのNPO団体もあるらしく、私からはSITA資格を目指してください、と申しあげました。

と言うのは、行政から委託金があり、公民館でパソコン講習会を開催しているらしいのですが、例に漏れずシニアの方々はパソコンを習っても何に使っていいのかわからない方が多いとのこと。
SITA資格はシニアのためのシニアによるパソコン講師スキルを持ちましょうと言うコンセプトですし、彩SITAのように、各地でSITA有資格者のネットワークが広がっていることからメールを習ってもメール送信する相手がいない、ということはなくなると思いますよ、と申しあげました。
そして、私は昨日から感じていることをお話ししました。

それはこういうこと。
彩SITAは、NPO法人として認証、登記も済ませ、あまりにも急発進して後からさまざまな出来事に一つずつ対応しています。仕事のこともそうです。富士通ラーニングメディア認定SITA有資格者ということと、ネットワークにも強くIT関連は何でもOKと特化している彩SITAです。だからこそ仕事もできる。

が、私は原点とも言うべき彩SITAの理念に来年は立ち戻ろうと思っています。

2002年11月18日、富士通ラーニングメディア主催の東日本SITA大会で、『NPO法人を立ち上げたい。ご賛同いただける方は連絡をください』と発表した時に申しあげたこと、不登校の子どもたちと障害を持つ方たちへの支援を行いたい――この頃、あまりにも仕事が先行して会員の方たちへこのあたりのことをほとんどお話していません。

仕事は順調に流れそうです。彩SITA自慢のネットワーク講習会も1月18日より再開されます。
彩SITAのもう一つの流れを作りたいと強く思います。
来年より、不登校・引きこもり・障害者たちへの支援の仕方など、専門家をお呼びして勉強会を会員と外部の方へ向けて開きたいと思っています。少し私たちは勉強が必要です。

ある方の言葉を借ります。
「社会に背を向ける子どもたちに、私たち大人が学ばなければいけない。今それをしておかないとこの日本の未来はどうなるかこわい」

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12月22日 (月)

昨日21日は彩SITAの原点とも言うべき不登校の子どもたちへの支援を行う活動の一端を担ってきました。登校拒否の子どもたちの進路を考える研究会『登進研』バックアップセミナーに、パネラー出席してきました。

セミナー参加者は進学をそろそろ真剣に考えだす中学3年生の子どもを持つ保護者と、高校1年生で中退を迫られている子どもを持つ保護者約40名。
私の役割は経験を交えてお話をすること。

娘は大学を卒業の年齢ですから今から7年前のことです。記憶は大変なことがたくさんあったから鮮やかに蘇り、気持ちは目の前にいらっしゃる保護者の人たちと共有できるのです。
でも、いまだから言えますが、高校なんて子どもが行きたいと意思表示をしたら、実はどこでもいいとお話しました。学校で傷ついたら学校でそのキズを癒さないと、そのキズはなかなかふさがりません。

わが娘も中学に行かなかったという事実を自分自身で認めることができるようになったのは、つい最近のことです。ずっとずっとずっとコンプレックスを抱きつつ、時々プツンと切れながら自分との折り合いを見つけることができるようになりました。
大事な大事な娘です。自慢の娘です。といっても、中学へ行かなかったことで受けた傷は周りが思っている以上に相当深く、それを受け入れる強さを持つことができるかどうかは本人次第。

時間がかかることは仕方がないです。でも、しなやかな強さを最近の娘から感じます。
時の力は偉大です。待ちましょう、と伝えることが精一杯の昨日でした。

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12月18日 (木)

つづき・・・・
今入力していて、つづき と つずき よくまちがえません?私だけかなあ。

荒井氏と出会ったのは娘の高校選びの時です。東京国際学園という高校サポート校の仕組みを作られた方で、
今では代々木ゼミ、栄光ゼミ、
桐杏学園、など軒並み有名予備校がサポート校を持っています。
サポート校ってどんなところ?っていうのは東京国際学園WEBをご覧ください。
http://www.tokyo-kokusai-akuen.net/index.htm
ここは障害のある子どもたちを受け入れている、数少ない私立の学校です。
障害のある子どもたちは小学校中学校と地域の学校へ希望すれば通えますが、
高校になると養護学校高等部しかありません。
多くの人と出会えるチャンスを自ら捨てるようなことはしたくないですね。
いくら多くの人って言っても人間の人生で出会える人数はタカが知れているんじゃあないでしょううかしら。
私は娘に感謝していることがあります。それは中学3年間で約50日しか学校へ行かなかったおかげで自分の中にある差別感に気づくことができたこと。他者の中にある差別感にも自ずと気づいてしまいますけれどもね。
ま、人間裸になればみんな同じ、ということを衣を着ているがために忘れるフリをしているってこと、かな。

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12月8日 (月)

昨日はあやうく電車で乗り過ごすところ、セーフだったのですが今日はアチャーーッ!王子神谷まで、でも一駅だけでしたけど。
乗り過ごして気づき、一番情けなくトボトボとするのは、南浦和駅。階段を上がると人の流れはほとんどが武蔵野線方向。その流れから一人だけ東京方面への階段に向かう、その瞬間が情けないですねえ。

なんだか人生の流れに逆らっているような心細さがある。

南浦和の駅ってちょうどそこにパンを売るお店があって、だいたいが店じまいをしている最中。不思議だけど、明るいショーケースの中に目をやり空っぽな胃袋を急に意識するというパターンです。
事務局に夕方、Mさんが寄られました。この人は営業!っていう感じ。アクティブで動きが早い。早すぎてついていけるかしら、と思うくらい。そしてこの人の持つ『運』っていうのでしょうか、その運気の強さを感じています。
彩SITAの仕事で、現在中心になっているのは再就職支援のパソコン講習会の講師の仕事と、県立○校のLAN構築。そのネットワークの仕事に、『コンニチハ』とばかりに出会って引いちゃった人なんです。
今後は彩SITA通信を紙で発行するWGが立ち上がり、外部への発信も率先して行動に移す勢いです。みなさんにも発送しますので、乞うご期待!

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12月7日 (日)

彩SITA事務局は富士通オープンカレッジ川口校でもあるのですが、今日は単発で年賀状作成の講習が2コマ。
そのあと彩SITAの千葉WGを立ち上げるべく打合わせに秋葉原へ向かいましたが、行き違いになってしまいました。
この頃は待ち合わせの時に、あまり確認もせずに飛び出て行きます。そうです、携帯で連絡すればいいやと、安易に確認もしないことが今日の大きなミスでした。

考えてみると携帯を持っていない頃は、必ず待ち合わせの場所の確認で、直前にも電話で直接話していました。初めての待ち合わせ場所ですとくどいほどに。それがこの頃は住所さえわかればインターネットで検索して地図を印刷し、待ち合わせ場所ですぐに会えなかった場合は携帯に電話。
ところが今日のお相手はKさん。最近会員になられた方なんですが携帯の調子が悪いらしくいつ電話してもつながらないんです。
今日も。でもおかげでいいこともありました。親切なホテルマンは、『新宿のホテルじゃないですか』と、わざわざ電話してくださり人情にホロリ。そのホテルの宿泊客のウォッチングでは、ほぼ全員が(待っている間に見かけた方々)秋葉原で買い物をしたのでしょうが、大きな荷物を持ったアジア系の人が多かった。結局、30分ほど待ってそれから携帯の留守録を聞くという迂闊さ。
まっすぐにまた川口に戻り、行きも帰りもぐっすりと眠りこけ、あやうく乗り過ごすところでしたがセーフ。
ま、こんなこともあるさ。

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12月6日 (土)

12月になったとたんに寒くなりました。外の寒さを知らず、彩SITA事務局に置いてある観葉植物は暖房の暖かさですぐに土がカラカラになります。葉っぱの端が黄色くなるので、水をたっぷりと差し、ベランダに3日ほど置いてあります。やっぱり、外気に当てて外の空気に触れないとね。
年賀状の講座が続いていますが、生徒さんのお一人がこんなことをおっしゃられました。
「僕が子どもの頃は住所は2行に書きなさいと教わった」
以前に編集の仕事の端くれだった私は、文書を整えるって事には少々こだわりがありますが今まで教わったという記憶がない。でも、同じクラスのほかの生徒さんも
「ああ、そう言えばそうですね」
確かに年賀状ソフトを使って宛名住所を2行にするとバランスがいい。

「おばあちゃんの知恵袋」という言葉が一時期はやったことがありました。人生の先輩の知恵には、エッセンスが詰まっていて『言いえて妙』のことが多い。

そして、口伝えで残しておきたいことです。自分がその領域に近づきつつあるのですが、伝えるべき自分の言葉を持ち得るかしら。鈍色の袋を開けると錆びた言葉しか出てこないようなことにならないように、凛と背を今だからこそ伸ばしていたい、と思う今日この頃です。
ところで、前述の『住所は2行に』と教わった方はいらっしゃいますか?

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12月5日 (金)

彩SITA事務局のある川口は「キューポラのある街」、吉永小百合さん主演の映画で有名です。が、かつての鋳物工場群は高層マンション群となり、駅近くにあるサッポロビール工場は閉鎖になります。駅からのデッキでそのまま入れる丸井も、今閉鎖セールをやっているけれど、行くヒマがない!でも一度は覗いてみたい!

デッキから見る街は、たかあく空に突き刺さるようなクレーンが10本以上見えてちょっと哀しい。

今日は夕方、雨がやんで冷え込みが厳しくなった頃に授業の合間に友人でもあり、生徒さんでもあるOさん宅へ行ってきました。FOM出版 MOUS試験問題集についている模擬試験が開かない、とメールが来たから。
Office2003をインストールしているからそのせいかしら?とのことでしたが、パソコンのモニタの解像度の問題でした。
解像度を下げ、DPIを96(標準)にして再起動。開いた!よかった!

あとはおしゃべり。けんちん汁までゴチになり、○ー○ー○ー○ーの製造工場で販売するケーキと美味しいコーヒーを飲みながらのひとときは、また戻ったら山積みしている仕事を忘れさせてくれました。

大きく伸びをして、窓の先に広がる12階からの夜景。ガラスについている水滴の模様の先に広がるイルミネーションはずっと先まで漆黒のはずの闇に点々と光を延ばし、その一つずつの光に思いを馳せた10代のほろ苦い青い気持ちが少しよみがえった夜でした。

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12月1日 (月)

雨がよく降ります。この雨の中事務局に会計担当のTOさんがいらっしゃいました。事務局担当者との、経理的な打合わせです。

このTOさんは、かつて民法放送局○○○の基幹LANシステムを構築した人。退職してから自分で専門学校の門戸をたたき、ネットワークとプログラミングの授業を担当しているそうです。彩SITAの、生き字引ですね。
何でもよく知っていることっていったら、私のかつての上司にも負けないかもしれない。
そういえば、上司の話が出てきたのでついでと言っちゃあ何ですが・・・。
私にパソコンの基本的なことを教えてくれた方です。約10年前。世の中はまだワープロ全盛だった頃にパソコンを覚えなさいと。

すでにPC98のマニュアル本を出版していたくらいの人でしたから、パソコンのハード面の基本的な事から教わりました。でも、同じ事を2度と聞けない人でしたので(前に教えました。自分で調べなさい・・・)必死でしたね。でもMacだったんです。私のMacはこの頃は誰にも見向きもされなくて電源を入れることもなくなってしまったなあ。ヨシヨシヨシとなぜか撫でたくなるマシンです。

さて、今日の私は少しメロー。雨のしずくを眺めながらデジカメでパチリとしたあと、自分の心もパチリとシャッターを押したらズクズクです。雨のせい?あした天気になあれ!

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